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2007年10月29日

タバコの煙

大平 安夫(タクシー乗務員)

 「これから行くところが実家なんですけど、親は知らないの……」
と、タクシーの後部座席から若い女性は言った。

 「何がですか?」

 唐突に話し出したその女性の言葉に、はじめは何のことを言っているのかがわからなかった。タバコの煙が車内に漂ってきた。そう言えば乗車するなり、「このタクシーは禁煙車ですか?」と聞いてきた。禁煙車でないことを告げるとタバコを取り出して吸い出したのだ。

 夜中の彼女の目的地は札幌市中央区の住宅街である。この周辺は灰色のコンクリートでできた要塞のような高級住宅が隣接する。彼女は、お嬢さんのようだ。

 タバコのことだとわかったので、「両親はタバコを吸っていることをしらないんですか?」とあらためて聞いた。
 もし知ったら両親は失望するだろう。両親とも吸わないし、嫌うし、その上タバコを吸う人を犯罪者のように軽蔑するのだ、と言った。

 人は人を乗せて移動する乗り物を作り、『行きたい時代』を生きてきた。1492年、コロンブスがアメリカ大陸を発見してからも人は絶え間ない『行きたい時代』を繰り返してきたのではないだろうか?現代でも夜中に食べるものが欲しいといえばコンビニをつくり、行きたい場所をつくって『行きたい時代』を進んできた。汽車から電車、そしてヒコーキからジェット機と1分でも早く、目的地を目指して、無ければつくり、欲しいであろう温泉から秘境の地まで、知りたいという欲望の赴くままに走り、南極(今では南極ツアーもあるのかな)や北極、やがては宇宙にまで人が行きたいと思うところを行くのだろう。

 しかし、最近は健康ブームで何やらアメリカからしごきのようなビリーズブートキャンプなるものが流行ってきた。それ以前にはキノコからコンニャクから黒酢から納豆(民放で問題になったが)まで、やせれ、やせれと「どんだけ!」というくらいにはやし立てる。吸うな、食べるな、学校崩壊、いじめ、死ぬな、酒気帯び運転、飲むな、死刑反対、ああ、日本の首相が辞めるのもわかるなあ。『行きたい時代』から内にこもった『生きたい時代』に入ってきたのかな。

 これだけ、お節介のように生きろというメッセージが多い時代のわりには命を粗末にする事件が多い。

 「タバコをやめれば?」

 家に帰る前に、一息つくタクシーの中で親に内緒のタバコの一服がやめられないと言った彼女に進言した。

 それは私自身に言った言葉でもある。タバコの煙に托して消したい人生だが……まだ生きていたい。

 札幌も乗務員の車内禁煙が07年11月から、来年08年11月にはタクシー車内での乗客を含む全面禁煙が始まる。

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