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「どこでもいいから走って!」
そんな言葉をかけてくるお客は、男ならちょっと不気味だが、女なら……?。
少々艶めかしくもあるが、それもまた不気味だ。
ある意味、目的地がなくても行ける。それがタクシーかもしれない。最近ではバスなどでミステリーツアーなどと銘打ち、目的地のない旅もあるようだが、あれは目的地はあるが、ただ乗客に教えてないないだけのもの。しかし、どちらにしても、不安と期待(?)が同居する。ミステリーツアーは、乗客がバス会社に不安と期待(?)をするし、タクシードライバーはお客に不安と期待(?)をする。
「うそ、おっしゃい……」
後部座席から携帯電話で、口元に笑みを浮かべながら話しているのは、三十代後半くらいの胸元が大きく開いた半袖のニットを着た女性であった。すらりとした姿態に、携帯電話をかけながら、空いた方の右手で長い髪を無造作に掻き上げている。胸のあばら骨が大きく横にワンポイントのような太い線になっていた。
小麦色の素肌に着たベージュのニットが、チクチクするのではないかと余計な心配をした。札幌の夏の街路樹の緑が、眩しいくらいに生き生きして、乱暴なくらいに枝を車道まで伸ばしている。
「今、どこ、走っているの? うそ、違うでしょ(笑)」
何か、彼女の不思議な楽しげなようすが言葉の中に伝わってくる。
「わかるの……わたしには……。今、左に曲がったでしょう」
わたしのタクシーも大通り公園の信号から左折する。わたしのタクシーは前を走る四輪駆動車の白い車を追っていた。
「なんで、わかるかって?(笑)。勘よ……。それより、携帯電話でお話する時は、車を止めなきゃ駄目よ、危ないじゃない……、わたし? わたしは……これから、お店に出るとこ……そう……暇なのよ。ほんと、困っちゃうの。同伴してくれる? まだ、仕事なの? うそ。札幌なんて、来なきゃあよかった。あんたのせいよ。また、東京に戻ろうかしら……(笑)」
目的のない会話は続いた。そして、「見える? ほら、後ろのタクシーよ(笑)。見える?(笑)ハロー、元気?」
彼女が後部座席から身を乗り出して手を振った。
「じゃあね。バイバイ!元気でね。暇ができたらお店に来て(笑)」
すすきのが目を覚ますのはまだ早い。あまりにも自由な目的地のないお客は札幌の繁華街で降りていった 。
お客さまの中には「俺の家に行け!」と怒鳴る酔客もいる。「分かりました」と言ってはみても、これではタクシー運転手に目的地はない。
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