●対談前説/植田 耕二(トラモンド社論説主幹)
新倉さんとお話しするのは随分久しぶりだ。今春、対談をお願いした際は、「6月ごろにしてよ」というお返事。全乗連会長を退陣してから、ゆっくりと、という意味に解釈して記者は引き下がった。
久しぶりに参上した会長室には、先代の時代からあるという100号ぐらいの油彩画が架かっていた。その横には、古代中国の詩人・李白か、だれかの詩を書にしたものが掛けられている。記者も最近、縁有って盛唐の詩人・シンジンの五言古詩の一部を西田幾多郎が書いた掛け軸を入手、枕頭に掛けていることもあって、始めから書の話や西田哲学の話に入ってしまった。
同時代者として生きた者同士。思想信条はまったく違っても同じ時代の空気を吸って生きた者でなければ、理解できないものがある。西田の弟子筋に当たる哲学者のものを読んでいて氏の父君「新倉文郎」の活字を目にしたのも、つい最近の出来事。「あなたが若いときに走った共産党に入党した柳田謙十郎の名前は載ってなかったですか」という返事。文郎氏は、柳田氏とは同窓同郷の由。残念ながら出ていなかった。
父君が、西田哲学の徒とはまったく知らなかっただけに、「新倉さんが、なぜタクシーなのか」を聴くべきだった、と今は思う。
全乗連会長というハイタク産業のトップリーダーを4半世紀務められた新倉さんに、もっと辛口の質問をすべきだったが、楽しい対談だったことで満足してしまった。
新倉さんとお話しするのは随分久しぶりだ。今春、対談をお願いした際は、「6月ごろにしてよ」というお返事。全乗連会長を退陣してから、ゆっくりと、という意味に解釈して記者は引き下がった。
久しぶりに参上した会長室には、先代の時代からあるという100号ぐらいの油彩画が架かっていた。その横には、古代中国の詩人・李白か、だれかの詩を書にしたものが掛けられている。記者も最近、縁有って盛唐の詩人・シンジンの五言古詩の一部を西田幾多郎が書いた掛け軸を入手、枕頭に掛けていることもあって、始めから書の話や西田哲学の話に入ってしまった。
同時代者として生きた者同士。思想信条はまったく違っても同じ時代の空気を吸って生きた者でなければ、理解できないものがある。西田の弟子筋に当たる哲学者のものを読んでいて氏の父君「新倉文郎」の活字を目にしたのも、つい最近の出来事。「あなたが若いときに走った共産党に入党した柳田謙十郎の名前は載ってなかったですか」という返事。文郎氏は、柳田氏とは同窓同郷の由。残念ながら出ていなかった。
父君が、西田哲学の徒とはまったく知らなかっただけに、「新倉さんが、なぜタクシーなのか」を聴くべきだった、と今は思う。
全乗連会長というハイタク産業のトップリーダーを4半世紀務められた新倉さんに、もっと辛口の質問をすべきだったが、楽しい対談だったことで満足してしまった。
4つの社団で24年です
――川鍋秋蔵氏(日本交通創業者)の次に全乗連会長を20数年やられてたんでしたね。
新倉 24年です。それも、全乗連、東旅協、全無連に関無協4つの社団です。最初、川鍋氏から「お前やれ」って言われたのは全乗連と東旅協だけだったんです。そしたら、話が進むうちに無線も一緒にやれと。ただあの時に聞いた川鍋氏の真意は、いま思うと「なるほど」と思う面があるんですよ。「無線タクシーというのも、もとはタクシーだろう」と。無線タクシーというのはニーズ対応の1つの手段であって、だからそういう意味から、お前一緒にやれということでね。「はい分かりました」ということでお引き受けしました。でも4つは、やっぱり今考えてみると忙しい面もありましたけどね。
――それ以前に冷房料金、LPガス税法をめぐってタクシー汚職事件がありましたね。
新倉 当時の寿原正一、関谷勝利の両衆院議員に、大阪タクシー協会の多田清会長がじかにカネを渡しました。あれがまずかった。東京ではあれが元で波多野元二氏が会長を辞められたんですよ。大阪でああいったことで動きがあったんで、東京でもやるか、なんて話があったんですよ。いや、それはまずいよ、と。あれは副会長になる前でした。
――どちらかといえば一定の距離を置かれたわけですね。
新倉 政治とは、そういうもんだと思うんです。表に出たら、向こうも迷惑するし、こっちも迷惑する。政治献金なら政治献金の形をとっていなければ抗弁できませんよ。「やるなら、もう少しうまくやればいいのになあ」という気持ちは正直ありました。
最低限の規制は必要です
――規制緩和が進んで、その影響の直撃を受けているのはタクシー産業だと思います。規制緩和の影の部分が集中的に出ていると思われます。運賃も自由、参入も自由というのは行き過ぎていると思いますが、いかにお考えですか。
新倉 わたしはそれを言ってきたんですよ。規制緩和は、産業界全体の広い視野で見たときには、流れとしては分からないではありません。ところが、事業によっては、最低限の規制が必要ですよ、と。
その事業とは何かといえば、利用者と密接に関係する、あるいは影響を与える事業です。そうした事業については、やはり一定の規制は必要ですよ、と申し上げてきた。
規制改革会議の宮内義彦、鈴木良男の両氏とも、ある時期までは高橋寿夫氏とも意見交換する中でお話ししてきました。この24年の会長の時代、頭から離れなかったのは、規制緩和のことです。
結局、一番の発端は政府各省の事務次官会議で今後、規制緩和の方向に進むという話が出たとき最も許認可権が多かった当時の運輸省が真っ先に「じゃあやりましょう」と手を挙げたことですよ。ほかの省庁の次官は、あっけにとられちゃって。あれが1つの切っ掛けでもありました。
わたしはタクシー事業にとって最低限必要な規制というものは、維持すべきなんだと言い続けてきたんです。何が必要なのかといえば、まず需給調整、それから同一地域同一運賃。この2つの規制です。
それがガラガラと壊れちゃったのは、規制緩和の時期が長引いた不況の最中だったでしょ。これによって収入自体が低下。タクシー乗務員の給与を引き下げるということにもつながったわけですよ。
ぼくは協会の総会でも言ったけど、現在のタクシーの混乱というのをね、元凶は“自己責任”という役所の考え方。それから事後監査に任せるという、この2つですよ。
自己責任なんて言ったらトラック業界の連中なんかがタクシーを見てて、「トラックよりいいなあ」ということでどんどん参入してくるわけじゃないですか。この連中の新規参入が増車につながっているんですよね。それは何かっていうと自己責任でしょ。ということは規制の全面的な否定につながるわけですよ。
その事業とは何かといえば、利用者と密接に関係する、あるいは影響を与える事業です。そうした事業については、やはり一定の規制は必要ですよ、と申し上げてきた。
規制改革会議の宮内義彦、鈴木良男の両氏とも、ある時期までは高橋寿夫氏とも意見交換する中でお話ししてきました。この24年の会長の時代、頭から離れなかったのは、規制緩和のことです。
結局、一番の発端は政府各省の事務次官会議で今後、規制緩和の方向に進むという話が出たとき最も許認可権が多かった当時の運輸省が真っ先に「じゃあやりましょう」と手を挙げたことですよ。ほかの省庁の次官は、あっけにとられちゃって。あれが1つの切っ掛けでもありました。
わたしはタクシー事業にとって最低限必要な規制というものは、維持すべきなんだと言い続けてきたんです。何が必要なのかといえば、まず需給調整、それから同一地域同一運賃。この2つの規制です。
それがガラガラと壊れちゃったのは、規制緩和の時期が長引いた不況の最中だったでしょ。これによって収入自体が低下。タクシー乗務員の給与を引き下げるということにもつながったわけですよ。
ぼくは協会の総会でも言ったけど、現在のタクシーの混乱というのをね、元凶は“自己責任”という役所の考え方。それから事後監査に任せるという、この2つですよ。
自己責任なんて言ったらトラック業界の連中なんかがタクシーを見てて、「トラックよりいいなあ」ということでどんどん参入してくるわけじゃないですか。この連中の新規参入が増車につながっているんですよね。それは何かっていうと自己責任でしょ。ということは規制の全面的な否定につながるわけですよ。
――規制緩和の進行とともに事業者団体の無用論が出てきました。こういうときだからこそ、事業者団体は必要だと思われますが、どうお考えになりますか。
新倉 事業者団体でなければ動けない面はあるんですよ。だから協会無用論なんかが出たときには、わたしはその都度、「それは間違いですよ」と言っているでしょ。ぼくはそういう意味で植田さんと同じ考え方なんです。
その後、安全輸送をさらに強化するという運輸安全マネジメントにしても、税制にしても、労働法令に関しても、団体じゃないと動けないでしょ。個々の事業者の方では対応できないでしょ。
その後、安全輸送をさらに強化するという運輸安全マネジメントにしても、税制にしても、労働法令に関しても、団体じゃないと動けないでしょ。個々の事業者の方では対応できないでしょ。


